大気エアロゾル粒子は、硫酸塩、硝酸塩、有機物、黒色炭素 (すす)、鉱物ダスト、海塩などの物質やその混合物から構成されています。本稿では、当研究室の研究テーマと関連の深い微粒子の気候影響(図1)について、理学的視点から解説します。
大気中のエアロゾルは、「エアロゾル・放射相互作用」と呼ばれる太陽光の散乱・吸収を通じて、地球の放射収支に影響を与えます1。例えば、硫酸塩エアロゾルは太陽光をほとんど吸収せずに散乱して宇宙空間に跳ね返すため、大気海洋系を冷却します。一方、黒色炭素は太陽光を強く吸収して周辺大気を加熱します。対流圏の黒色炭素は大気海洋系を温めますが、成層圏の黒色炭素は、成層圏を加熱しつつ下層への日射を遮るため、大気海洋系を正味で冷却する場合もあります2。
地球規模で最も質量濃度の大きいエアロゾルである鉱物ダスト3は、サハラ砂漠やゴビ砂漠などの乾燥地域から大量に放出され、数千キロメートルにわたって輸送されます。鉱物ダストは可視域では主に散乱効果を示しますが、赤外域では吸収効果も持ち、その正味の放射効果は粒子の大きさや鉱物組成によって変化します4,5。特に、赤色や褐色の酸化鉄を多く含むダスト粒子は、可視光から近赤外領域での光吸収が強く、大気加熱に寄与します6。
エアロゾルはまた、「エアロゾル・雲相互作用」と呼ばれる雲の形成とその放射特性への影響を介して、地球の放射収支に大きな影響を与えます7。エアロゾルは組成・粒径に応じて雲の凝結核として働き、その凝結核の数濃度は雲の粒径分布の変化を介して反射率に影響を及ぼします。鉱物ダスト粒子をはじめとする不溶性の固体粒子の多くは氷晶核として働き8 ,9、核がないときよりも高い温度で氷雲の形成を促すことで雲の放射特性や寿命に影響を及ぼします10。
これらの素過程の研究は、物理学と化学の境界領域として興味深いだけでなく、気候変化の要因解析や将来予測の精密化の基礎となることから、実社会の問題とも関係が深いと言えます。鉱物ダスト粒子の放出量は乾燥地域の気候変化に非常に敏感であり、今世紀の急速な温暖化に伴う放出量変化の予測の不確実性は極めて大きいとされています11。地球環境科学の研究では、エアロゾル・放射・雲の粒子レベルの相互作用といったミクロな過程と、気候変化に伴う自然起源エアロゾル放出量の変化といったマクロな過程を合わせて俯瞰的に考察していくことが大切です。
図1. 様々な発生源から放出されるエアロゾルとそれらが放射や雲に及ぼす影響の概念図
引用文献 Li, J., Carlson, B. E., Yung, Y. L., Lv, D., Hansen, J., Penner, J. E., et al., Scattering and absorbing aerosols in the climate system, Nat. Rev. Earth Environ., 3(6), 363–379, 2022. https://doi.org/10.1038/s43017-022-00296-7.
Kravitz, B., Robock, A., Shindell, D. T., and Miller, M. A., Sensitivity of stratospheric geoengineering with black carbon to aerosol size and altitude of injection, J. Geophys. Res. Atmos., 117(D9), 2012. https://doi.org/10.1029/2011JD017341.
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