エアロゾルの環境影響

大気中に微粒子が浮遊している系を「エアロゾル」と呼びます。粒子そのものを指すときは「エアロゾル粒子」となりますが、特に区別せずに用いられることもあります。エアロゾル粒子の大きさは数nmから数10μm程度まで広範囲に及び、その化学組成は発生源や生成過程によって大きく変わります。図1はエアロゾル粒径分布を例示したものです。数濃度で見るとほとんどが粒径100nm以下の超微小粒子 (UFPs)の範囲にありますが、質量濃度のほとんどはそれより大きい範囲に存在します。エアロゾルは都市域における主要な大気汚染物質であると同時に、太陽光を遮ることでグローバルな気候にも大きな影響を及ぼします (図2)。エアロゾルの物理・化学特性の解明は、エアロゾルの環境影響を評価する上で鍵となります。 図1. 大気中のエアロゾル粒径分布の例。 図2. エアロゾルの大気環境影響。 参考図書 Seinfeld, J. H., & Pandis, S. N. (2016). Atmospheric chemistry and physics: from air pollution to climate change. John Wiley & Sons. ISBN-13: 978-1118947401

1月 23, 2025 · 1 分

エアロゾルが放射を通じて気候に与える影響

大気エアロゾル粒子は、硫酸塩、硝酸塩、有機物、黒色炭素 (すす)、鉱物ダスト、海塩などの物質やその混合物から構成されています。本稿では、当研究室の研究テーマと関連の深い微粒子の気候影響(図1)について、理学的視点から解説します。 大気中のエアロゾルは、「エアロゾル・放射相互作用」と呼ばれる太陽光の散乱・吸収を通じて、地球の放射収支に影響を与えます1。例えば、硫酸塩エアロゾルは太陽光をほとんど吸収せずに散乱して宇宙空間に跳ね返すため、大気海洋系を冷却します。一方、黒色炭素は太陽光を強く吸収して周辺大気を加熱します。対流圏の黒色炭素は大気海洋系を温めますが、成層圏の黒色炭素は、成層圏を加熱しつつ下層への日射を遮るため、大気海洋系を正味で冷却する場合もあります2。 地球規模で最も質量濃度の大きいエアロゾルである鉱物ダスト3は、サハラ砂漠やゴビ砂漠などの乾燥地域から大量に放出され、数千キロメートルにわたって輸送されます。鉱物ダストは可視域では主に散乱効果を示しますが、赤外域では吸収効果も持ち、その正味の放射効果は粒子の大きさや鉱物組成によって変化します4,5。特に、赤色や褐色の酸化鉄を多く含むダスト粒子は、可視光から近赤外領域での光吸収が強く、大気加熱に寄与します6。 エアロゾルはまた、「エアロゾル・雲相互作用」と呼ばれる雲の形成とその放射特性への影響を介して、地球の放射収支に大きな影響を与えます7。エアロゾルは組成・粒径に応じて雲の凝結核として働き、その凝結核の数濃度は雲の粒径分布の変化を介して反射率に影響を及ぼします。鉱物ダスト粒子をはじめとする不溶性の固体粒子の多くは氷晶核として働き8 ,9、核がないときよりも高い温度で氷雲の形成を促すことで雲の放射特性や寿命に影響を及ぼします10。 これらの素過程の研究は、物理学と化学の境界領域として興味深いだけでなく、気候変化の要因解析や将来予測の精密化の基礎となることから、実社会の問題とも関係が深いと言えます。鉱物ダスト粒子の放出量は乾燥地域の気候変化に非常に敏感であり、今世紀の急速な温暖化に伴う放出量変化の予測の不確実性は極めて大きいとされています11。地球環境科学の研究では、エアロゾル・放射・雲の粒子レベルの相互作用といったミクロな過程と、気候変化に伴う自然起源エアロゾル放出量の変化といったマクロな過程を合わせて俯瞰的に考察していくことが大切です。 図1. 様々な発生源から放出されるエアロゾルとそれらが放射や雲に及ぼす影響の概念図 引用文献 Li, J., Carlson, B. E., Yung, Y. L., Lv, D., Hansen, J., Penner, J. E., et al., Scattering and absorbing aerosols in the climate system, Nat. Rev. Earth Environ., 3(6), 363–379, 2022. https://doi.org/10.1038/s43017-022-00296-7. Kravitz, B., Robock, A., Shindell, D. T., and Miller, M. A., Sensitivity of stratospheric geoengineering with black carbon to aerosol size and altitude of injection, J. Geophys. Res. Atmos., 117(D9), 2012. https://doi.org/10.1029/2011JD017341. ...

1月 23, 2025 · 2 分

気候介入と成層圏エアロゾル

地球温暖化を緩和するためには温室効果ガス排出量の削減が必要不可欠です。しかし現実には、排出量の削減が短期間では十分に進まず、地球上の多くの地域で人類や生態系が深刻な危機にさらされる可能性が高まっています。そこで大気・気候科学分野では、排出量削減と温暖化抑止が達成できるまでの時間を確保するための方策として、気候介入(Climate intervention) の研究が本格化しています。 気候を人為的に制御する気候工学 (Geoengineering)1の中で、気候介入は大気の物理・化学過程を介する手法を指します。現在特に注目されているのは、海洋上の下層雲の反射率を上げるMarineCloud Brightening (MCB)2と、成層圏に人為的なエアロゾルを注入するStratospheric Aerosol Injection (SAI)3です(図1)。中でもSAIは、温室効果ガスの放射強制力を打ち消すために必要な技術的コストが最も小さいと考えられています4, 5。SAIは火山噴火による気候冷却効果を人工的に再現する手法です。1991年のピナツボ火山噴火では、成層圏に流入した硫酸エアロゾルによる太陽光の反射増加により、全球平均気温が約0.5℃低下しました6。SAIの研究における重要な科学的・技術的課題として、以下が挙げられます。 1. 成層圏エアロゾルの現状把握:観測とモデルによる成層圏背景場におけるエアロゾルの組成、濃度、粒径分布、生成・消失過程、輸送メカニズムの解明7。 2. 最適な粒子特性の探索:太陽光を効率的に散乱し、重力沈降が遅く、成層圏化学場への副作用が少ないエアロゾル候補物質の選択とその粒径分布の制御8。 3. 成層圏化学への影響評価:注入したエアロゾル化学種が成層圏のオゾン等の物質に与える影響の予測と評価の方法9,10。 これらの課題に取り組むため、エアロゾル粒子の物理化学過程から大規模循環までを包括する多階層的な研究が進められています。また、上記の科学的・技術的課題に加えて、政治的にも様々な課題があると考えられています11。温暖化に伴う森林火災の増加により、対流圏エアロゾルの変化に加え、火災誘発の積雲対流による成層圏へのエアロゾル流入量増加の可能性も示唆されています12。人為起源エアロゾルの世界的な減少傾向の中、SAIなどの気候介入の効果と副作用を予測できるようにするため、新たな視点でのエアロゾル気候影響研究の重要性が高まっています。 図1:気候冷却のための成層圏エアロゾル注入の概念図 引用文献 National Research Council, Division on Earth, Life Studies, Ocean Studies Board, Board on Atmospheric Sciences, Committee on Geoengineering Climate, Climate Intervention: Reflecting Sunlight to Cool Earth, National Academies Press, 2015. https://doi.org/10.17226/18988. Feingold, G., Ghate, V. P., Russell, L. M., Blossey, P., Cantrell, W., Christensen, M. W., et al., Physical science research needed to evaluate the viability and risks of marine cloud brightening, Sci. Adv., 10(12), eadi8594, 2024. https://doi.org/10.1126/sciadv.adi8594. ...

1月 23, 2025 · 2 分