エアロゾル化学組成分析計の新規開発

オンライン熱脱離型エアロゾル質量分析計 (TDAMS)は大気エアロゾル生成過程の研究における重要な手法であり、世界で幅広く使われています。TDMASではエアロダイナミックレンズにより真空中に粒子を直接導入し、粒子成分を熱脱離・ガス化した後にイオン化することで分析を行う装置です。私たちの研究室では、これまで難揮発性成分の分析が可能な熱脱離型エアロゾル質量分析計(rTDMS)の開発・評価を行ってきました。グラファイトを用いた新しい粒子捕集構造体を考案し、CO2レーザーと組み合わせることで高温(~1200 K)の熱脱離を可能にしました1。これにより、従来困難であった難揮発性の硫酸塩エアロゾル(K2SO4, Na2SO4, MgSO4) の検出が可能となりました (図1)。 海塩粒子 (またはバイオマス燃焼粒子)と硫酸や硝酸が反応することにより、粒子中のナトリウム (またはカリウム)に対して塩素が失われて化学組成が変化します。私たちは、rTDMSを用いて硝酸ナトリウム(NaNO3)、塩化ナトリウム (NaCl)、硫酸ナトリウム(Na2SO4)、硝酸カリウム (KNO3)、塩化カリウム (KCl)、硫酸カリウム(K2SO4)を定量する方法を新たに開発しました2。実験室で多成分粒子を導入して質量分析計のイオン信号を測定したところ、レーザー加熱による温度上昇に伴い、3種のナトリウム(またはカリウム)塩由来のイオン信号を分離検出できることが分かりました。現在、実大気観測に向けて装置の改良を行っています。 図1. 新規開発した熱脱離型エアロゾル質量分析計。 引用文献 Kobayashi, Y., Ide, Y., and Takegawa, N., Development of a novel particle mass spectrometer for online measurements of refractory sulfate aerosols, Aerosol Sci. Technol., 55, 371–386, 2021. https://doi.org/10.1080/02786826.2020.1852168 Kobayashi, Y. and Takegawa, N., A new method to quantify particulate sodium and potassium salts (nitrate, chloride, and sulfate) by thermal desorption aerosol mass spectrometry, Atmos. Meas. Tech., 15, 833–844, 2022. https://doi.org/10.5194/amt-15-833-2022 ...

1月 23, 2025 · 1 分

航空機由来の超微小粒子の動態解明

民間航空機のジェットエンジンからは、燃料の不完全燃焼による不揮発性粒子(すす)と、燃料や潤滑油由来の揮発性粒子が排出されます。私たちは、国立環境研究所と共同で成田国際空港の滑走路近傍において大気観測を行いました。航空機排気粒子は自動車排気粒子などに比べて粒径が非常に小さいことが特徴ですが、私たちの観測により、粒径10nm以下の粒子数割合が従来考えられていたより多く、かつ粒径10-30nmの超微小粒子 (UFPs) の主成分がジェットエンジンオイル (潤滑油)であることが分かりました1, 2。 さらに私たちはジェットエンジンオイル由来UFPsの生成過程を調べるための室内実験を行いました(図1)3。その結果、オイル液滴を250°Cで蒸発させた後に急冷・核生成させることで、成田国際空港で観測された粒子揮発性と類似した熱化学特性を持ち、未使用のオイルに近い有機成分から成るUFPsを生成できることが分かりました。 図1. 実験室におけるジェットエンジンオイル粒子生成装置。 引用文献 Fushimi, A., Saitoh, K., Fujitani, Y., and Takegawa, N., Identification of jet lubrication oil as a major component of aircraft exhaust nanoparticles, Atmos. Chem. Phys., 19, 6389–6399, 2019. https://doi.org/10.5194/acp-19-6389-2019 Takegawa, N., Murashima, Y., Fushimi, A., Misawa, K., Fujitani, Y., Saitoh, K., and Sakurai, H., Characteristics of sub-10 nm particle emissions from in-use commercial aircraft observed at Narita International Airport, Atmos. Chem. Phys., 21, 1085–1104, 2021. https://doi.org/10.5194/acp-21-1085-2021 ...

1月 23, 2025 · 1 分

大気海洋微粒子の汎用自動分析法の開発

大気海洋系には、砂漠由来の鉱物性粒子、海洋表層から放出される海塩粒子、森林火災起源の炭素性粒子、化石燃料の燃焼等による人為起源粒子、生物起源粒子(海洋微生物等)、環境中で細分化された微細プラスチック粒子など、多様な化学組成を持つ粒子状物質が存在します。これらの物理化学特性、動態、および時空間的濃度分布を定量的に把握するためには、その場(in-situ)観測およびサンプリングによる実測データの取得が不可欠です。観測手法の選択においては、データの質・量と分析の効率性がトレードオフの関係にあるため、研究目的に最適化された手法の選定または開発が重要となります。 私たちは、移動観測プラットフォーム (船舶・航空機等)への搭載が可能な可搬性と、実験室分析への適用可能性を両立した新規汎用粒子分析手法として、「複素散乱振幅センシング(Complex Amplitude Sensing: CAS) 法」の開発を進めています(写真1)。CAS法では、媒質中に分散した個別粒子からの散乱波の振幅・位相(複素散乱振幅S = ReS + iImS) を測定します。得られた単一粒子の二次元データ (ReS, ImS)を、理論的に算出された散乱振幅と比較することで、異なる物性を持つ粒子種の識別および粒径分布の導出が可能となります1。さらに最近では、直交する2偏光成分の複素散乱振幅の同時測定が可能で、気液両媒質における高精度測定を実現する改良型システム(CAS-v2) の開発に成功しました2。ハードウェアは基本的な部品レベル、ソフトウェアはスクラッチから、全て自分たちの手で開発を行っています(写真2)。 大気圏・水圏・雪氷圏における粒子状物質の動態解明と、圏間輸送の定量的評価は、地球環境問題(鉱物性エアロゾルの気候影響、ナノプラスチックによる環境汚染など) の理解・予測において本質的な重要性を持ちます。しかしながら、各圏における粒子状物質の観測手法は個別に発展してきた経緯があり、異なる定義に基づく観測データセット間の直接比較は困難です。この課題に対し、私たちは媒質(海水・淡水・大気等)に依存しない統一的な粒子観測データを取得可能な次世代汎用分析手法としてCAS法の開発・最適化・検証を進めています。基礎研究と並行して、大気エアロゾル分析3、海洋懸濁粒子分析4、極域アイスコア中の固体粒子分析等、実環境試料を用いた性能検証を外部研究機関との共同研究として実施しています。 写真1. 液中粒子分析用CASの実装例 (2021年6月10日 撮影)。 写真2. 製作・動作検証中のCAS-v2の光検出回路 (2024年8月6日 撮影)。 引用文献 Moteki, N., Measuring the complex forward-scattering amplitude of single particles by self-reference interferometry: CAS-v1 protocol, Opt. Express, 29(13), 20688–20714, 2021. https://doi.org/10.1364/OE.423175. Moteki, N., and Adachi, K., Measuring the polarized complex forward-scattering amplitudes of single particles in unbounded fluid flow: CAS-v2 protocol, Opt. Express, 32(21), 36500–36522, 2024. https://doi.org/10.1364/OE.533776. Ohata, S., Moteki, N., Kawanago, H., Tobo, Y., Adachi, K., and Mochida, M., Evaluation of a method to quantify the number concentrations of submicron water-insoluble aerosol particles based on filter sampling and complex forward-scattering amplitude measurements, Aerosol Sci. Technol., 57(10), 1013–1030, 2023. https://doi.org/10.1080/02786826.2023.2223387. Yoshida, A., Tobo, Y., Adachi, K., Moteki, N., Kawai, Y., Sasaoka, K., and Koike, M., Analysis of oceanic suspended particulate matter in the western North Pacific using the complex amplitude sensor, Sci. Rep., 14(1), 20055, 2024. https://doi.org/10.1038/s41598-024-70683-1.

1月 23, 2025 · 1 分

微粒子の光学特性の精密決定

大気中の黒色炭素 (Black carbon: BC)は、化石燃料の燃焼や森林火災により発生する炭素を主成分とする粒子状物質です。BCは大気中で太陽光吸収に最大の寄与を示すエアロゾル成分であり、大気の直接加熱効果や雪氷面アルベドの低下を通じて、全球規模の気温変動・大気循環・降水システムに有意な影響を及ぼしています。しかしながら、固体物質の光学特性を特徴づける「複素屈折率」について、大気中BCの正確な値は長らく未解明でした1。複素屈折率の実部・虚部のうち後者は光吸収に関係します。 大気中BCの複素屈折率の決定が困難である主な要因は、粒子の形状・粒径分布の多様性、および他のエアロゾル成分との混合状態の時間・空間変動性にあります。これは、光学的測定データに基づく複素屈折率の導出を著しく困難にしています。この課題は、不規則な形状や結晶構造を持つ固体粒子状物質全般に共通する本質的な問題です。 私たちは、複素散乱振幅センシング (CAS)技術を応用し、上記の誤差要因を回避可能な新たな複素屈折率測定法を開発しました2。本手法では、まず大気エアロゾルを水中に取り込み、BCなどの非水溶性成分を固体粒子として懸濁させ、硫酸塩等の水溶性成分を溶解させた試料溶液を自動粒子捕集装置により調製します。この溶液を液中粒子分析用CAS装置で測定し、非水溶性固体粒子の複素散乱振幅データを取得します。最後に、測定データと理論計算値(粒径・形状・複素屈折率をモデルパラメータとする)の比較により、BCの形状特性・粒径分布・複素屈折率のベイズ推定を実施します。 2022年夏期に実施した北西太平洋での船舶観測 (JAMSTEC新青丸)において、液中粒子分析用CAS装置と粒子捕集装置を用いた現場測定を約1週間実施しました(写真1)。この観測により、大気中BCの複素屈折率の実部・虚部の不確実性範囲を従来研究1と比較して大幅に縮小することに成功し、光吸収の過大評価リスクを最小化した推奨値として1.95 +0.96iを提案しました。この値は現行の気候モデルで採用されている仮定値(1.95 + 0.79i)と比較して虚部が0.17大きく、BC単位質量当たりの理論的光吸収率が約16%増加することを示しています。本研究成果は、エアロゾル・放射相互作用の理解の精密化、エアロゾルリモートセンシングの高精度化、および気候予測モデルの精緻化に貢献することが期待されます。 現在、私たちは機能・性能を拡張したCAS-v23を用いて、微粒子複素屈折率測定法のさらなる高度化を進めています。BCに加え、鉱物ダスト中の酸化鉄粒子や成層圏エアロゾル注入の候補物質である炭酸カルシウム粒子など、大気放射過程・気候システムの理解において重要な固体粒子について、可視波長域における複素屈折率の精密決定を目指しています。 写真1. 新青丸のキャビン内で運転中の粒子捕集装置と液中粒子分析用のCAS装置(2022年7月29日 撮影, 大畑祥氏) 引用文献 Bond, T. C., and Bergstrom, R. W., Light Absorption by Carbonaceous Particles: An Investigative Review, Aerosol Sci. Technol., 40(1), 27–67, 2006. https://doi.org/10.1080/02786820500421521. Moteki, N., Ohata, S., Yoshida, A., and Adachi, K., Constraining the complex refractive index of black carbon particles using the complex forward-scattering amplitude, Aerosol Sci. Technol., 57(7), 678–699, 2023. https://doi.org/10.1080/02786826.2023.2202243. Moteki, N., and Adachi, K., Measuring the polarized complex forward-scattering amplitudes of single particles in unbounded fluid flow: CAS-v2 protocol, Opt. Express, 32(21), 36500–36522, 2024. https://doi.org/10.1364/OE.533776. ...

1月 23, 2025 · 1 分

光散乱に関する計算科学的手法

光散乱を原理とする粒子分析法 (複素散乱振幅センシング: CAS等)で得られる測定データの物理的解釈には、光散乱理論に基づく予測計算ソフトウェアが不可欠です。この予測計算では、入力パラメータ(粒子の物理特性:形状・複素屈折率・体積・混合状態、媒質屈折率、入射波特性:周波数・偏光状態・ビーム形状)から、特定の検出位置における散乱波の振幅・位相を算出します。光散乱問題において厳密解が得られるのは球形粒子等の限定的な条件下のみであり、多くの実用的条件下ではマクスウェル方程式の数値解法に依存せざるを得ません。現在、多様な数値計算手法1とそれに基づくオープンソース・商用ソフトウェアが利用可能ですが、先端的研究においては独自開発のソフトウェアが有用となる場合が多々あります。 私たちは、光散乱原理に基づく粒子分析装置の設計およびデータ解析で利用することを目的として、任意形状・混合状態の粒子に適用可能でかつ高速な光散乱シミュレータ"Block-DDA"を開発しています(写真1) 。Block-DDAは、離散双極子法 (Discrete Dipole Approximation: DDA)2のオリジナルコードであり、任意形状・混合状態に加えて複屈折性(結晶性物質における偏光依存性屈折率)を持つ粒子への適用が可能です。従来のDDAでは、3次元空間における個々の粒子配向について散乱解を逐次的に求める必要があり、多配向の解析に膨大な計算コストを要していました。これに対しBlock-DDAでは、計算負荷の主要因である行列計算にblock-Krylov部分空間法3を実装することで、数百程度の異なる配向に対する解を一括して得ることを実現しています。この手法により、例えばランダム配向の粒子群を観測した際のCASの出力結果(複素散乱振幅データの統計分布) の高速な予測計算が可能となりました。 私たちは現在、複数の散乱シミュレータ (Block-DDA、T-Matrix法等)による予測計算と機械学習的手法 (計算ベイズ統計等)を組み合わせることで、多様な環境粒子種についてCASで得られる複素散乱振幅データから物理パラメータ(体積・複素屈折率・非球形度) を統計的に推定する手法の開発を進めています4, 5。現在、当研究室ではシミュレーションやデータ解析のためのプログラミング言語として主にPythonを使用しています。 写真1. Pythonで書かれたBlock-DDAのコードの一部 (2025年1月5日撮影) 引用文献 Kahnert, M., Numerical solutions of the macroscopic Maxwell equations for scattering by non-spherical particles: a tutorial review, J. Quant. Spectrosc. Radiat. Transf., 178, 22–37, 2016. https://doi.org/10.1016/j.jqsrt.2015.10.029. Yurkin, M. A., and Hoekstra, A. G., The discrete dipole approximation: an overview and recent developments, J. Quant. Spectrosc. Radiat. Transf., 106(1–3), 558–589, 2007. https://doi.org/10.1016/j.jqsrt.2007.01.034. Tadano, H., and Kuramoto, R., Accuracy improvement of the Block BiCGSTAB method for linear systems with multiple right-hand sides by group-wise updating technique, J. Adv. Simul. Sci. Eng., 6(1), 100–117, 2019. https://doi.org/10.15748/jasse.6.100. ...

1月 23, 2025 · 1 分