大気中の黒色炭素 (Black carbon: BC)は、化石燃料の燃焼や森林火災により発生する炭素を主成分とする粒子状物質です。BCは大気中で太陽光吸収に最大の寄与を示すエアロゾル成分であり、大気の直接加熱効果や雪氷面アルベドの低下を通じて、全球規模の気温変動・大気循環・降水システムに有意な影響を及ぼしています。しかしながら、固体物質の光学特性を特徴づける「複素屈折率」について、大気中BCの正確な値は長らく未解明でした1。複素屈折率の実部・虚部のうち後者は光吸収に関係します。

大気中BCの複素屈折率の決定が困難である主な要因は、粒子の形状・粒径分布の多様性、および他のエアロゾル成分との混合状態の時間・空間変動性にあります。これは、光学的測定データに基づく複素屈折率の導出を著しく困難にしています。この課題は、不規則な形状や結晶構造を持つ固体粒子状物質全般に共通する本質的な問題です。

私たちは、複素散乱振幅センシング (CAS)技術を応用し、上記の誤差要因を回避可能な新たな複素屈折率測定法を開発しました2。本手法では、まず大気エアロゾルを水中に取り込み、BCなどの非水溶性成分を固体粒子として懸濁させ、硫酸塩等の水溶性成分を溶解させた試料溶液を自動粒子捕集装置により調製します。この溶液を液中粒子分析用CAS装置で測定し、非水溶性固体粒子の複素散乱振幅データを取得します。最後に、測定データと理論計算値(粒径・形状・複素屈折率をモデルパラメータとする)の比較により、BCの形状特性・粒径分布・複素屈折率のベイズ推定を実施します。

2022年夏期に実施した北西太平洋での船舶観測 (JAMSTEC新青丸)において、液中粒子分析用CAS装置と粒子捕集装置を用いた現場測定を約1週間実施しました(写真1)。この観測により、大気中BCの複素屈折率の実部・虚部の不確実性範囲を従来研究1と比較して大幅に縮小することに成功し、光吸収の過大評価リスクを最小化した推奨値として1.95 +0.96iを提案しました。この値は現行の気候モデルで採用されている仮定値(1.95 + 0.79i)と比較して虚部が0.17大きく、BC単位質量当たりの理論的光吸収率が約16%増加することを示しています。本研究成果は、エアロゾル・放射相互作用の理解の精密化、エアロゾルリモートセンシングの高精度化、および気候予測モデルの精緻化に貢献することが期待されます。

現在、私たちは機能・性能を拡張したCAS-v23を用いて、微粒子複素屈折率測定法のさらなる高度化を進めています。BCに加え、鉱物ダスト中の酸化鉄粒子や成層圏エアロゾル注入の候補物質である炭酸カルシウム粒子など、大気放射過程・気候システムの理解において重要な固体粒子について、可視波長域における複素屈折率の精密決定を目指しています。

粒子捕集装置と液中粒子分析用のCAS装置

写真1. 新青丸のキャビン内で運転中の粒子捕集装置と液中粒子分析用のCAS装置(2022年7月29日 撮影, 大畑祥氏)

引用文献

  1. Bond, T. C., and Bergstrom, R. W., Light Absorption by Carbonaceous Particles: An Investigative Review, Aerosol Sci. Technol., 40(1), 27–67, 2006. https://doi.org/10.1080/02786820500421521.

  2. Moteki, N., Ohata, S., Yoshida, A., and Adachi, K., Constraining the complex refractive index of black carbon particles using the complex forward-scattering amplitude, Aerosol Sci. Technol., 57(7), 678–699, 2023. https://doi.org/10.1080/02786826.2023.2202243.

  3. Moteki, N., and Adachi, K., Measuring the polarized complex forward-scattering amplitudes of single particles in unbounded fluid flow: CAS-v2 protocol, Opt. Express, 32(21), 36500–36522, 2024. https://doi.org/10.1364/OE.533776.